今回は積極的に言うべき口癖にするべき言葉と言ってはいけない口癖にするべきではない言葉について語らせていただきます。
口癖にするべきではないスピリチュアルな言葉とは?
『人の悪口』
口を開けば人の悪口ばかり。
そのような人はあなたの周囲にはいませんか?
悪口を言うと運気が下がります。
ですのでこのブログを見ているあなたは決して悪口は言わない様にしてくださいね。
どんなに頭にくることがあっても悪口だけは言ってはなりません。
悪口を言ったら「負け」と思う様にしてください。
そして悪口を言うと運気が下がるので相対的に身近な人の運気は上がることになるのです。
『面倒臭い』
誰もが言いがちな言葉ではありますが、怠慢や堕落へとつながる危険なワードでもあります。
私のオリジナルタロットには以下のような種類がございますが
『魔神』…他者から受ける影響
『満腹』…失敗から成功へと
『怠惰』…やる気の喪失
『正体』…視えざるモノ全て
『念願』…来るべき時
『天変』…自身に降りかかる変化
『色情』…性の魅力
『剛運』…心願成就を明日に控える為には
『強欲』…抑えるべき欲
『慢心』…注意すべきこと
『怠惰』が出る方は少なくありません。
怠惰がでた方の口癖を伺ってみるとほぼ100パーセントの確率で「面倒くさい」が口癖なのです。
たとえ本心ではなくてもこの言葉を口にし続けると本当に何事も面倒くさくなってしまい、怠慢な性格になってしまうので要注意です。
『疲れた』
こちらも上記と同じく誰もが言いやすい要注意ワードです。
運動をしている時、仕事をしている時についつい言ってしまいがちですがそこはぐっと抑えましょう。
ではどのような言葉を言えば良いのかというと
「気持ちいい!!」
にしておきましょう。
疲れることは決して悪いことではありません。
それに疲れることの先には気持ちよさがあることはご存知でしょうか?
ランナーズハイという言葉がございます。
こちらは走った後に短時間訪れる強い幸福感のことを示します。
この感覚は、穏やかな気持ちをもたらし、高負荷のワークアウトをした後よりもさらに落ち着いた状態になります。
このように疲労は気持ちよさへとつながりやすいのです。
そして気持ちいいという言葉は「疲れた」とは異なり、自分自身を心地よくするための魔法の言葉となります。
逆に「疲れた」が口癖になると本当に疲れやすい体質になっていくのでそこは注意が必要です。
口癖にするべきスピリチュアルな言葉とは?
『成せば成る』
この言葉は私の座右の銘でもあります。
どんなことでも強い意志をもってやれば、必ず成就する
という意味のこの言葉は不思議なポジティブな響きがございます。
実際はどれほど強靭な意志があろうと必ず成就出来るわけではございません。
しかしながら困難に直面した時などにこの言葉を口にすることでこの言葉にあるポジティブさが自分自身に宿ることになります。
まるで本当に何でもできてしまうかのような全知全能感が出てくることになるのです。
『よくやった!』
この褒め言葉は部下などにはもちろん、自分自身にも使うべきです。
自分を褒めることで自己肯定感がアップし、幸せホルモンが分泌されていきます。
そうなると内面も外見もイキイキとしていき、とても若々しく見える様になるのです。
老けているよりかは若い方が良いのはいうまでもありません。
内面が外面に出るので若く見える方ほど内面も若々しく健康的です。
また、自己肯定感が高まることでより自分自身を好きになることもできるようになります。
大人になるとなかなか他人から褒められる機会は少なくなりますが、褒められる効果はすごいものがございます。
だからこそ、他人が褒めてくれないのであれば自分自身で褒めるようにしましょう。
『私がやります』
この言葉を使う場面はあまりないかもしれません。
ですが上司などから
「誰かこれを片付けてくれないか?」
などと誰もやりたがらないであろう雑務を振られた時は率先して
『私がやります』と手をあげれるような人になりましょう。
この言葉を口癖にし、実際に行動を起こすようになると良い意味で普通とは異なる存在へとなっていきます。
そしてこの言葉は「不死鳥」が好む言葉でもあります。
あなたは不死鳥という存在についてお聞きになった事がございますでしょうか?
世界各地の伝承では、その涙は、癒しを齎し、血を口にすると不老不死の命を授かると言われております。
一般的には故・手塚治虫先生の漫画に登場する「火の鳥」や、一万円札にも描かれている伝説の霊鳥「鳳凰」、等のイメージで知られておりますね。
我々鑑定師の世界では不死鳥は100年に一度、天界から地上へと舞い降り、人間界に影響を及ぼす存在として知られております。
そしてこの言葉が口癖になると不死鳥から好かれやすくなるとされております。
『愛している』
日本人はシャイな気質からかストレートな愛の表現が苦手です。
このブログを見ているあなたもそうであるかもしれませんね。
“愛”というものは、感情の一つであるだけに、その形は人それぞれです。
正解は存在しません。人の数だけ“愛”はございます。
“愛”という単語を真摯に受け止め、それを自ら定義する、ということは難しいことです。
自分の心と向き合える人でないと、それを行えるものではありません。
古代の日本では、「愛おしい」という想いを「愛(かな)し」と書きました。
その意味は、
・相手を愛おしいと思う気持ち
・相手をかわいいと思う気持ち
・相手を守りたいと思う気持ち
そういう風に定義されております。
この「かなし」という気持ちも、人の愛の根幹であるのだと、私は思っております。
そして愛の言葉をよく人に伝える方はこの三つを相手から思われやすくなるのです。
男性にとっては「かわいい」や「守りたい」と思われるのは望まれないことかもしれません。
しかし、女性が男性に「この人可愛い」「この人を守りたい。」と思うことも愛おしく感じたのであれば至極当然なのです。